麻雀に正解はあるのか? 土田浩翔が問う、数字で測れない打牌の真価
今回は、麻雀の打ち方、牌の切り方に正解があるのか、というテーマでお伝えします。
正解なきゲームの宿命
ネット上でも、プロや一般の方を含めて、打牌に関するコメントや議論が活発ですね。
それだけ批評、批判が巻き起こるのは、Mリーグが成長してきて、知名度が高まってきた証です。その分、いわゆる「叩かれる」ことも増えますが、例えばプロ野球でも「なぜバットを振らない」「なぜそこに投げた」という声は多い。だから選手たちはそれほど気にする必要はないと思っています。
もちろん、高度に専門的な分析をする人がいて、戦術的に参考にすべき指摘があれば、選手たちは真摯に受けとめるべきだと思います。ただ、現状はそこまでのことが出来ている人はそれほどいません。
選手たちは内心、「そういう批判はないよね?」と憤慨しているかもしれませんがMリーグがそのレベルまで盛り上がってきたからこその現象だと思えばいいでしょう。そもそも麻雀には正解がないのですから、割り切って受け流すことも大事ですね。Mリーグが広がるにつれて、批判は増えます。そこまでのレベルのコンテンツになったことを喜びましょう。
数字と流れの狭間で
私は、麻雀は、数学的な分析だけではとらえられないと考えています。分析するのはもちろん良いのですが、実際の対局では、分析とは違うことが非常に多く起きるからです。数字だけに意識をとられてしまうと、麻雀というゲームを見誤ると思っています。
分析するなら、数字的な話とそうでない話をどうやって融合させていくか、という視点でやってほしいです。特にプロの選手に対してはそう思います。麻雀は数字的な要素と、人知を超えた部分があわさって織りなすドラマなので、どちらか片方だけでなく、複合的に見て欲しいと感じます。
前回、私の長年の経験則では、調子が上がると2・5や5・8の待ちになりやすいことをお伝えしました。そういった、数学的な部分を超えた要素があるのが麻雀なのです。そういう意味で言うと、データは、経験則と組み合わさることで、確固たるものになるのかもしれません。
状況で「正解」は変わる
例えば、「大きく沈んでる人はドラ単騎待ちにしてもツモれない」と言われますが、たしかにデータを見るとほとんどツモれていません。実際、私の経験的にも、七対子を狙っているときに、しぶしぶドラで待ってる時がありますが、ツモることなんてまずない。流れも来ていませんからね。